きょうのコラム『時鐘』

2019/11/22 00:41

 分(わ)かったようで、よく分からぬニュースに時々(ときどき)、出合(であ)う。お役(やく)所(しょ)がまとめたパワハラの定義(ていぎ)や類型(るいけい)というのも、そう思(おも)った

ものを投(な)げつけるのはパワハラ、誤(あやま)ってぶつかるのは違(ちが)う、とある。当(あ)たり前(まえ)の話(はなし)。「ぶつけられた」という訴(うった)えに「いや、誤って当(あ)たった」と反論(はんろん)してもめるのがパワハラ騒(さわ)ぎ。取(と)り澄(す)ましたように「定義」されても、その判(はん)断(だん)の物差(ものさ)しはどうするの、という疑問(ぎもん)は消(き)えない

よく耳(みみ)にするパワハラ、セクハラに続(つづ)いて、やたら「何(なん)とかハラ」が出(で)てきて、キリがない。ハラスメントは「嫌(いや)がらせ」の意(い)味(み)、と辞書(じしょ)にある。最(さい)近知(きんし)ったのは、モラルに反(はん)するという訴えの「モラハラ」。ついでに、カラオケを強要(きょうよう)する「カラハラ」や患(かん)者(じゃ)を不快(ふかい)にする「ドクハラ」なる珍妙(ちんみょう)な造語(ぞうご)まで教(おそ)わって、ますます複雑(ふくざつ)な気分(きぶん)になる

集(しゅう)団(だん)の暮(く)らしに、いろんな摩擦(まさつ)は付(つ)きもの。それをいちいち「何とかハラ」と言挙(ことあ)げするのも程度(ていど)の問題(もんだい)ではないか。そう冷(ひ)ややかに見(み)ていたが、時代遅(じだいおく)れと叱(しか)られそうな空気(くうき)になった

法律(ほうりつ)ができ、役所が箸(はし)の上(あ)げおろしに小言(こごと)を挟(はさ)む。「愛(あい)のムチ」など死語(しご)になるのか。