きょうのコラム『時鐘』

2019/09/16 00:55

 自分(じぶん)の寿命(じゅみょう)は77歳(さい)までだと、ドイツ文学者(ぶんがくしゃ)の池内紀(いけうちおさむ)さんは思(おも)っていたらしい。78歳になって「この1年(ねん)はおまけ」と話(はな)していた。先日(せんじつ)、その「おまけ」を味(あじ)わって逝(い)った

人(ひと)の寿命はそれぞれに違(ちが)う。だが、老(お)いそのものが人生(じんせい)の「おまけ」のような気(き)がする。やり残(のこ)したことがあると言(い)う人もいる。辛(つら)いことばかりだったと振(ふ)り返(かえ)る人生もある。しかし、ここまで来(き)た。長寿(ちょうじゅ)とは望外(ぼうがい)の命(いのち)の余韻(よいん)を味わうことかもしれない

子(こ)どものころは「おまけ」が欲(ほ)しくてキャラメルを買(か)った。本末転倒(ほんまつてんとう)だが、中身(なかみ)の分(わ)かっている箱(はこ)の上(うえ)に、もう一(ひと)つナゾの箱がある。開(あ)けてみないと何(なに)が入(はい)っているか分からない。「おまけ」は小(ちい)さな夢(ゆめ)であり、ささやかな好奇心(こうきしん)だった

名優(めいゆう)チャップリンを真似(まね)て言(い)えば「老いに必要(ひつよう)なのは、ささやかな勇気(ゆうき)と好奇心。そして少(すこ)しのお金(かね)」である。老いても勇気が必要なのは欲(よく)をセーブするためだ。身(み)にこびりついた欲を削(けず)り取(と)るのは易(やさ)しくはない

「おまけ」は「おまけ」でしかない。あったらいいけど、なくてもいい。そう思(おも)いたいが、ここにも欲が潜(ひそ)んでいるようだから厄介(やっかい)だ。