きょうのコラム『時鐘』

2021/01/24 00:31

 明治(めいじ)・大正生(たいしょうう)まれの時代劇作家(じだいげきさっか)には小学校卒(しょうがっこうそつ)や中退(ちゅうたい)の学歴(がくれき)は珍(めずら)しくない。長谷川伸(はせがわしん)(明治17年(ねん)生まれ)。吉川英治(よしかわえいじ)(同(どう)25年)。そして山本周五郎(やまもとしゅうごろう)(同36年)

「北國文華(ほっこくぶんか)・冬号(ふゆごう)」で特集(とくしゅう)した池波正太郎(いけなみしょうたろう)さんもその一人(ひとり)。1923(大正12)年生まれ。先祖(せんぞ)が越中井波(えっちゅういなみ)の宮大工(みやだいく)だった。昭和初期(しょうわしょき)に小学校を出(で)て株屋(かぶや)の小僧(こぞう)になり様々(さまざま)な職業(しょくぎょう)を経験(けいけん)。子(こ)どものころから働(はたら)いた

いつ勉強(べんきょう)をして、後年(こうねん)の作品(さくひん)の資料(しりょう)を仕入(しい)れたのか。大変(たいへん)な努力(どりょく)はあったのだろう。今日(こんにち)の学歴社会(がくれきしゃかい)からは想像(そうぞう)できない学(まな)びの環境(かんきょう)があったに違(ちが)いない。それは、生まれた「時代(じだい)」という名(な)の学校だったのではないか

池波さんは幕末(ばくまつ)生まれの曾祖母(そうそぼ)から官軍(かんぐん)と幕府軍兵士(ばくふぐんへいし)の斬(き)り合(あ)いを見(み)た話(はなし)を何度(なんど)も聞(き)かされたという。書物(しょもつ)で学ぶのとは迫力(はくりょく)が違う。昭和初期までは江戸(えど)時代生まれの老人(ろうじん)がいくらもいた。わずか90年ほど前(まえ)の話だが平成(へいせい)・令和(れいわ)とは結(むす)びつきにくい

先日(せんじつ)「北國文華」の読者(どくしゃ)からお便(たよ)りをいただいた。「祖父(そふ)が井波の宮大工でした」という。人々(ひとびと)の記憶(きおく)がつながり物語(ものがたり)を生む。郷土史(きょうどし)の網(あみ)が広(ひろ)がっているのを感(かん)じた。