きょうのコラム『時鐘』

2019/10/17 00:10

 女性(じょせい)の一代記(いちだいき)が多(おお)い朝(あさ)のテレビ小説(しょうせつ)は、子役(こやく)がスタート時(じ)を演(えん)じて、どこかで大人(おとな)になった主役(しゅやく)に替(か)わる。その瞬間(しゅんかん)が面白(おもしろ)い

放送中(ほうそうちゅう)の「スカーレット」も先週(せんしゅう)、子役からセーラー服姿(ふくすがた)のヒロインに切(き)り替わった。「どこまで子ども。どこから大人?」。ドラマではセーラー服が大切(たいせつ)な役割(やくわり)を演じている。戦後(せんご)まもないころの話(はなし)だ。主人公(しゅじんこう)は中学(ちゅうがく)を出(で)て働(はたら)くのだが、しばらくはセーラー服姿のままだった

金沢出身(かなざわしゅっしん)の脚本家(きゃくほんか)・水橋文美江(みずはしふみえ)さん描(えが)くドラマは、服飾風俗史(ふくしょくふうぞくし)と少女(しょうじょ)の成長(せいちょう)が重(かさ)なりあって、なぜか懐(なつ)かしい。昭和(しょうわ)40年代(ねんだい)まではみなそうだった。学生服(がくせいふく)は子どもが大人になる瞬間も、学生が社会人(しゃかいじん)になる日(ひ)にも、どちらにも役立(やくだ)つ便利(べんり)な服だった

自分(じぶん)の場合(ばあい)はどうだったろうか。進学(しんがく)のため、詰(つ)め襟姿(えりすがた)で家(いえ)を出た日を思(おも)い出(だ)す。列車(れっしゃ)が駅(えき)を出た時(とき)に初(はじ)めて「独(ひと)り」になった実感(じっかん)がわき、これから始(はじ)まる大人の世界(せかい)に胸(むね)を膨(ふく)らませた。現実(げんじつ)はまるでドラマにはならない人生(じんせい)だったが、スタートはいい思い出だ

学生服を着(き)た日は鮮明(せんめい)だが、脱(ぬ)ぎ捨(す)てた日は覚(おぼ)えていない。「脱皮(だっぴ)」とはそんなものだろう。