きょうのコラム『時鐘』

2019/01/21 00:40

 「最後(さいご)の同窓会(どうそうかい)をしませんか」。高校(こうこう)を卒業(そつぎょう)して東京(とうきょう)に出(で)たままの友人(ゆうじん)からの年賀状(ねんがじょう)にあった。平成(へいせい)の最後ではない。文字通(もじどお)り人生(じんせい)最後の意味(いみ)らしい

そんな年(とし)かと新聞(しんぶん)の文芸欄(ぶんげいらん)・川柳(せんりゅう)を見(み)る。「退職後(たいしょくご)付(つ)き人(びと)になる旦那様(だんなさま)」「紅白(こうはく)も浦島太郎(うらしまたろう)でみる晦日(みそか)」。老(お)いを笑(わら)い飛(と)ばす同輩(どうはい)がいる。秀作(しゅうさく)の「濃(こ)く薄(うす)く幸(しあわ)せ色(いろ)は自分色(じぶんいろ)」の心境(しんきょう)になるまでには、まだ遠(とお)い

恒例(こうれい)の「60歳(さい)からの主張(しゅちょう)」の入賞作(にゅうしょうさく)が全国老人福祉施設協議会(ぜんこくろうじんふくししせつきょうぎかい)から送(おく)られてきた。川柳部門(ぶもん)の優秀賞(ゆうしゅうしょう)「クラス会(かい)お前(まえ)いくつと聞(き)いたやつ」に笑(わら)った。入賞作に「同窓会マドンナと知(し)り腰(こし)ぬかす」とあった。「半端(はんぱ)ない歯(は)がない毛(け)がない記憶(きおく)ない」。自虐(じぎゃく)もここまでくるとご立派(りっぱ)

笑われている同級生(どうきゅうせい)は、鏡(かがみ)に映(うつ)る自分の姿(すがた)である。この企画(きかく)そのものが別名(べつめい)「もうひとつの成人式(せいじんしき)」とある。先日(せんじつ)の新聞にも40歳、60歳、80歳の「成人式」の話題(わだい)があった。こども新聞の読者(どくしゃ)である10歳児(じ)からは「私は2分(ぶん)の1成人式」とのはがきも届(とど)いた

クラス会も「成人式」のようなものだろう。何回(なんかい)あってもいい。あんただれ?と言(い)われないうちにやっておこうか。