金沢県の署名と金沢藩の印が混在する身分証明書を示す竹田さん=石川県内灘町歴史民俗資料館「風と砂の館」

「金沢県魚津」の署名 県域の変遷示す文書確認

2018/11/24 01:52

 明治初期に存在した金沢県魚津出張所の署名に、金沢藩の押印のある文書が23日までに確認された。魚津が金沢県だった期間はわずか4カ月余りで、専門家は「県域の変遷を示す貴重で珍しい史料」と評価する。今年は明治改元から150年の節目。「藩」と「県」が混在する文書は維新期、藩政から県政へ移り変わる過渡期の混乱を今に伝える。

 

 和紙の文書(縦16センチ、横11センチ)は、石川県内灘町文化財保護審議会長の竹田菊夫さん(75)=同町緑台1丁目=が古書を扱うインターネットオークションで見つけ、落札した。新川郡魚津町で雑業を営む上野屋の太四郎と母とせの2人の身分証明書とみられ、2人の名前や住所が記されている。

 

 状態は良好で、竹田さんは手元で確認した際に「金澤縣(けん)魚津出張所」の署名と、金沢県の前身となる「金澤藩」の印が混ざっていることに気付いた。

 

 金沢県は、明治政府の廃藩置県が行われた1871(明治4)年7月14日、金沢藩に代わって組織された。旧魚津町などは金沢県の管轄に残ったが、同年11月20日、新設された新川県の管轄に変更となった。

 

 石川の近代史に詳しい金沢星稜大の本康宏史教授は「金沢藩と金沢県が一緒に載っている文書はかなり珍しい」と驚く。石川県立歴史博物館の担当者も「県と藩の混ざった史料は他県の事例にあるが、金沢県については見たことがない」と話した。

 

 混在した理由について本康教授は、文書の発行日が廃藩置県から9日後の7月23日であることを指摘し、金沢から約80キロ離れた魚津では公印の作製が間に合わず、藩の印で代用したとみる。本康教授は「当時は制度が何度も変わり、実務が追いついていなかった可能性がある」と推測した。

 

 発給元が魚津出張所という点も珍しい。富山県公文書館(富山市)の所蔵史料は新川県時代以降がほとんどで、石川県側でも県立歴史博物館や金沢市立玉川図書館近世史料館に魚津出張所の史料は見当たらない。

 

 竹田さんは「これほど珍しいものとは思わなかった。金沢県の存在や魚津がかつて『金沢』だったことを知る人は少ないだろう。石川の歴史が一目で分かる史料として展示する機会を探したい」と話した。