新たに見つかった願海寺城の堀の遺構=富山市願海寺

戦国時代の平城・願海寺城の塀確認 富山市埋蔵文化財センター

2019/06/08 01:50

 富山市埋蔵文化財センターは7日、富山市願海寺で5月13日から行っていた願海寺城跡発掘調査で、全長29メートルの堀の遺構が見つかったと発表した。堀の幅は9~13・6メートルで、本丸の防御設備とみられる。戦国時代の平城とされる願海寺城の遺構は、これまでほとんど見つかっておらず、城の規模や位置、形状を知る重要な史料になる。

 

 願海寺城は1540年ごろに国人領主の寺崎氏が築城、1581(天正9)年に織田勢に攻められて落城し、廃城となった。古文書の記述から存在は知られていた。

 

 新たに確認された堀は、L字形で長さは東西17メートル、南北12メートルで、深さは2メートル以上と考えられる。戦国時代の城郭に詳しい「とやま歴史的環境づくり研究会」の高岡徹代表は「城の中心部の堀と考えられる規模」と話した。堀の中から焼けた石が見つかり、落城の際に火が放たれたとする古文書の記述と一致した。

 

 遺跡を調べた市埋蔵文化財センターの堀内大介専門学芸員によると、遺跡の周辺地域には堀の遺構に隣接する加茂稲荷(いなり)神社の位置に本丸があったとする言い伝えや、城館にまつわる「舘(たち)本(もと)」という地名が残っており、堀内学芸員は「地元の伝承が正しかったと裏付けられた」と話した。